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「面影(オモカゲ)」〜1 バランス。

彼女は自分のことがよくわかっていない。確かに顔もまぁまぁだし、スタイルもよいし 、それに何よりも「声」が美しい。しかしそんなことは、実際には、どうということもないのである。ほとんどどうでもよいことなのである。大切なことは彼女の存在なのである。職場という世界の中で彼女が担っている場所や役割といったものの意味なのである。もちろん彼女なりに理解もしているようであるが、それが、見る人の立場によって大きく異なっているのである。

職場は男性ばかりで女性は彼女一人なのである。彼女のデスクも職場のスミの方にあって、周りから見ると、いつも背中しか見えない。たまに振り向くことがあっても一瞬である。つまり何が言いたいのかというと、バランスが悪い。非常にアンバランスだということなのである。

だから彼女が小さく見える。彼女の存在が不釣り合いに小さく見えるのである。そしてそれが、まさに「可愛い」く見える源泉となってる。もちろんそれは、僕の思い込みであり主観である、とわかっていても、やはり不釣り合いに見えるのである。どこかとってもアンバランスなのである。

バランスが悪く何かが欠けていて、ズレて、抜け落ちているのである。そして、そうしたことが実に可愛らしく思えてくるのである。壊(コワ)れそうな美しさである。はかなくて、ほのかな、いまにも壊れてしまいそうな、そうした、けっして届くことのない、はてしなく、限りない美しさである。

それは、そうであるはずがないし、そうであってはならないし、もっとずっと晴れやかで、まばゆいほどの存在であるはずなのである。そうした僕の思い込みや、偏見と妄想が、彼女をして果てしなく可愛く見せている。美しく、そしてこの世の何よりも貴(トウト)いものに感じさせているのである。

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