index <  日誌 < K夫人:目次 37、「音色(ねいろ)



〜1 声。

本人も、まわりの者もあまり意識してはいないが、彼女の声は美しく、ただそれだけでうっとりしてしまう。それは声というよりも音色(ネイロ)というのに近い。笛の音、川のせせらぎの音、そよかぜの肌に触れる気配、そんな、そっと優しくささやきかけるような、そんな音色(ネイロ)である。

たしかに彼女の声は美しく、それは僕の耳を素通りして直接僕の心臓をノックするような、そんな音色なのである。彼女の姿や仕草(シグサ)、そして彼女自身が持っている情緒といったものが、僕にそう感じさせるのだろう。だから、とっても気持ちよく、彼女の声を聞くだけでうっとりして我を忘れてしまいそうになる。

まばゆく光かがやく彼女。そこだけが明るくまわりを照らしている。重く暗い息苦しいだけの職場を照らしている。軽く、そして優しく、気持ちよく。そして彼女が近づいてきて僕に話しかける。めまいがする。一瞬なにも見えなくなって、そんな真っ白で透明な世界である。はてしなく透明で、まばゆい光に包まれた真っ白な、白だけの世界である。遠くから僕の心臓の音が聞えてくる。毛が逆立ち、血が逆流している。ためらい、とまどい、揺れて、あてどなくさ迷っている。自分を見失っていて、自分がだれか分からなくなっている。これはいったい、どうしたことなのだ? 僕はだれなのだ・・・。

 戻る。                        続く。

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