〜1 いざない。
しかし、彼女は彼女の世界を生きていて、彼女だけが持っている、彼女の精神の世界を生きている。その中へ僕たちが入ることは出来ないし、また、許されないことなのである。それは境界線であり、ケジメであり、プライバシーなのである。侵すべからずの、神聖不可侵な、彼女だけの精神の領域なのでである。 僕には彼女の何もかもが夢か幻のように思えた。まるで彼女が別世界の住人のように思えたのである。彼女自身を生かして動かしている理由といったものが、僕たちとは全く異質なものに思えたのである。 そうやって気づかないままで、知らぬ間に僕を誘い出し、いざない、連れ出そうとしていたのである。見知らぬ世界へと。僕が吸い込まれ、引きずり込まれて行く。そうやって僕は自分と、自分の外の世界を知ることとなり、そしてまた、自分自身にめざめたのである。自分を外から見ることができたのである。それまで気付くことのなかった、自分の心の中を知ることになったのである。 もちろん、そのことは彼女とは何の関係もない。それは彼女の預かり知らぬことである。しかし、僕にして見れば、彼女がそこに居るという、ただそれだけの情景が、僕をして否応(いやおう)なくそうした方向へと引っ張って行くのである。それしか無いように。まるで夏の虫が電球の光に誘われて行くように。 僕は、ずっとどこかで彼女を探し続けていたのである。そして、それはだれでも良かったのである。そしてまた、そうするしかなかったのである。そうする以外に自分を見つける方法がなかったのである。僕は、彼女のいる情景に、自分自身の心の中を見ていたのである。 戻る。 続く。 |