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15、苦悶。



私たちは、風土という現実の世界を生きている。それは、そこから生まれ生成されてきた、肉体の感じ方、感覚の生理であり、自分自身の内に宿るリズムといったものである。そしてまた、風土と一体化した感覚の、呼吸や心拍の共鳴の仕方もまたそうである。

そうやって無意識の世界の中で、人間同士がつながり合い、求め、願い、そしてどこかへと、いざない、目指している。それは無意識の世界であって、言葉でも意識でもなく、もっと直接の、心臓の心拍や、体内の血液の流れ、そして呼吸する息のリズムから導かれ、求められてくるタマシイ(魂)の叫びや、戦慄、共鳴といったものなのである。

そうやって、魂がコダマし、響き合い、つながり、そして何かの衝動が音色(ねいろ)となって、心の奥底から聞こえて来る。まるで、自分の心臓をノックし、撫でるように。数えきれないタマシイたちの雄叫(おたけ)びがアンサンブルとなって聞こえて来るのである。あるいは、夢や、幻や、カゲロウの中に、何かの象徴として映し出されたりもする。まるで、現れては消えてゆく、何かの痕跡の影のように。

これは、自分のなかで失われていた記憶なのであって、それが何かの象徴となって現れ、映し出されてきているのである。あるいは、感覚の不具合や錯誤のように映し出されている。自分自身の中の忘れられた感覚と記憶が、そうやって、未知の失われた記憶を呼び覚ましているのである。

それ以外に、表現の仕方を知らないのである。自分でもわからないことを映し出そうと苦悶している。そうやってしか、自分を表現できないでいるのである。


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